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昨日から学校で給食が始まりました。始業式の次の日から給食開始なんて、私の子ども時代からは考えられないくらいの早さです。

早速子ども、学童のあとに友達の家に遊びに行きました。5時に帰ってきて、今度は病院・薬局へ。ちょっと鼻風邪なので。
やれやれ、と思っていたら、薬局から電話が・・・。「手袋を忘れています」。
しばらくして、遊びに行った友達のお母さんからも、「おもちゃ忘れていっているよ」。
新年早々、相変わらずです。

そのあと、子どもとはさみ将棋をしました。実家に帰省中に私の父に何回も将棋の相手をしてもらっていたので、びっくりするほど、はさみ将棋が強くなっていました。
ぼんやりしていると、どんどん取られてしまって。しかも、2つどちらか取れる、とか、取られても取り返す構造に持ってきていて、「やれれた!」思うこともしばしばでした。
びっくりしました。
今回の帰省では、父にけん玉も、コマ回しも教えてもらって、ずいぶん成長した1週間でした。

アドラー心理学の後半です。
前回、①自分を好きと思える自己肯定感が大切と考えられる。そのためにも、親は、理想の子ども像に近づけるのに一生懸命になるのではなく、ありのままの眼の前の子どもを好きになる、という姿勢が大切、とまとめました。

このようにありのままの自分を受け入れてもらった子どもは、お友達とか他人をありのままに受け入れていけるようになります。友達を単に競争相手とだけ見るのではなく、仲間として見ていけるようになる、共同体感覚の元となっていくのでしょう。これが② 他人への信頼 につながります。

ここで出てきた「信頼」の育て方について、とても印象的なことが書いてありました。
信頼と信用は違う、というのです。

我が家でもとってもよくありそうな、子どもが帰る時間を守らず、遊びに行ったまま帰らない の場面です。
親は、たとえば「5時に帰りなさい」と言います。→子どもは5時をとっくに過ぎて帰ってきます。→親は「約束に時間を守らなかった」と怒ります。

本当に、普通にありえる展開です。
でも、アドラー心理学では、この展開は子どもを親が「信用」して、裏切られたのであって「信頼」したのではない、と言います。
「信用」して裏切られて、怒られることによって、子どもは信用を裏切ったことをチャラにしているそうです。

「信用」は、信用取引のように、担保とか、約束を守らなかった時のペナルティーが用意されているときに成立するものだそうです。だから、子どもは信用を裏切った場合、怒られればすむ(担保のかわり)と学習するようになります。

「信頼」はそういうものではありません。信頼は担保とかを取るのではなく、相手をそのまま信じることです。
だから、子どもは時間より遅れて帰ってきた場合でも、叱りません。その時の親の気持ちとしては、「今日は遅かったね、でも、次は時間通りに帰れるようになるはずだ」と信じるのが信頼です。

そんな、注意しなくても、子どもはちゃんと時間を守るようになるのか?と、当然思います。
でも、帰りの時間を遅れてしまった子どもは当然怒られると思っていたのに、怒られなくて、ラッキー!と思いつつも、「あれ?」 って思う気持ちも持つでしょう。
どこかで子ども自身が「約束を破って悪かった」と思っているはず。その気持ちを信じんるのが、親の信頼というものだそうです。

時間に遅れた子どもを叱って、こどもがまた余計な口答えをしたりすると、当然、家庭の雰囲気は悪くなります。
結局 怒りの感情を共有することになり、子どもが「次はきちんと時間通りに帰ろう」と思ってくれるかは、たしかに、疑問です。
時間はかかるかも知れませんが、親が子どもを信頼する方法もある、とちょっと、新鮮な気持ちになりました。







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